2011年11月27日日曜日

#39 違い

時間を有効に活用したいという願いはかなわず、半分目覚めながらもうだうだしていたら8時半になっていた。

顔を洗ってから、朝食をどうしようか考える。久々の朝マックで・・・と思ったが、やっぱりそれでは物足りない。せんべい汁を食べようと、中央卸売市場に向かう。今日は朝からとても暖かい。

駐車場を出ようとしたとき、横からクルマが近づいてきたので、道を譲る。前のクルマが道路を右折した直後、「ボコッ」という音がした。うわ~、なんか踏んだかな?と思ったら、軽自動車が接触しており、進行方向と逆向きになっていた。あの時譲らなかったら、自分が・・・

中央卸売市場は本日公休日という看板が出ており、急きょ中止し、またしても八食センターに向かう。
朝からにぎわっている
せんべい汁
せんべい汁は、八戸のB級グルメで、ひっつみの△の代わりに南部せんべいが入っている。ちなみに、汁専用のせんべいも売っている。広大なセンター内を物色し、おみやげや実家用のリンゴなどを買い求める。
大船渡にも、観光客が戻ってきてほしい・・・

その後、八戸港へ向かう。市内では特に目立った被害は見当たらなかった。
苫小牧行フェリー
港湾施設にもほとんど被害は見られない
地盤も沈下していない
そのまま海岸線にそって、前から気になっていた鮫駅へ。
名前の通り、鮫の置物が!
鮫駅のそばにある蕪嶋神社へ。
勝手に日本のモンサンミシェルと名付けました。満潮でもいけます。
周囲は自然公園の特別地域
立派な社殿
昭和の津波記念碑。茶色の板は船のスクリュー。
社務所で神主さんの奥さんに話を聞いた。
津波襲来時、神社周辺はすべて水面下に沈んだこと。がれき撤去は市職員をはじめとする300人が片付けたこと。自分の安否を気遣った連絡がたくさんあったこと・・・
大船渡で働いていると告げると、神主さんの友人の奥さんがいまだに行方不明であると告げられた。最近、一斉捜索が改めて行われたが・・・

引続き、海岸線をたどる。途中、展望台があった。
日本離れした風景
緩やかにアップダウンする道を走り、階上(はしかみ)町へ。今流行の「サバップル」を入手すべく、道の駅に向かう。
土産物コーナーに行くと、サバップルの張り紙はあるものの、モノが見当たらない。後で店員さんに聞こうと思い、うろうろしていると、超絶不気味な携帯ストラップを見つけた。一つ入手したので、ほしい方に差し上げたい。

会計の際にサバップルのことを尋ねると、なんと本日は売り切れ!
仕方ないので、昼ご飯に地元特産の「階上そば」を選ぶ。
ちょっとのびてたかも
断熱ボードで作られた犬小屋が売ってました
サバップル製造元を訪ねてみたが、本日完売の張り紙・・・
違うものを買い求めようと店内に入ったら、なんとキャンセルがでて1つ余ってる!
噂のサバップル
明日、農林センターに持っていく予定なので、後で感想を聞いてみよう。

道の駅で観光ガイドを入手したので、まずは津波記念碑へ。
今までのとまったくイメージが異なる
昭和の津波を記念したもので、東京朝日新聞の義援金で制作されたもの。「地震海鳴りほら津浪」という標語が記されている。
灯台をイメージしたフォルムで、土台の水色の部分は津波をイメージしたものと思われる。一部塗装がはがれているものの、垢抜けたデザインは街のシンボルにもなりうる。津波を押しのけ、新しい未来を築くという雰囲気がする。

南下すると・・・
大船渡ではなく小舟戸(こみなと)
そして、赤石大明神へ
小さくても、地域住民の愛情を感じます
津波石。文字はほとんど読めなかった。
大明神の由来になっている赤(べご)石
そして、どうしても見たかった県堺石。青森と岩手の境。
海版 「堺」という字が彫ってある
ぽつんと置いてある
この橋を渡ると・・・岩手県
その後、岩手県最北、洋野町の中心部種市に向かう。余談だが、洋野町の町長は水上さんである。岩手ではちょくちょく見かける苗字らしい。
そびえたつ防潮堤の陸側に建つ昭和三陸津波の記念碑
ものすごく立派な洋野町役場を通り過ぎ、少し低いところに出るが、特に建物の被害があったような雰囲気はなかった。強大な防潮堤が、洋野町種市を守ったようだ。
種市を防御した巨大防潮堤
ほぼ満潮時に撮影した。下がっていないのはうらやましい。
その後、陸中八木駅へ向かう。鋭意復旧作業中のようで、そう遠くない将来列車が走る姿を拝めそうだ。
海が間近に迫る駅
そして、日暮れが押し迫った久慈へ。
市役所も、不思議な形をしたアンバーホールも、何もなかったように平常と変わらない姿を見せていた。しかし、港に出向くと、防波堤に近い建物は多数破壊されていた。
港には多くの釣り人たちが
港のはずれから、海岸線をたどる道へと進む。すでに辺りは薄暗くなってきた。
WRCのモンテカルロを彷彿させる、岩と崖に挟まれた、曲がりくねった道を行く。ブラインドコーナーが多く、やや危険。
30分ほど走ると野田村に到着した。もう何も見えなくなってしまった。しかし、ぼんやりと被災している様子やがれきの山が見えた。
途中、岩泉町にある三陸鉄道の小本駅に寄る。クリスマスのイルミネーションがとてもきれいだった。
カーナビでは、宮古から106号線を経由するよう案内したので、盛岡方面へと向かう。
途中にあった湯ったり館で一風呂あび、またしてもひっつみを食べる。
あ~、横になって寝たいな~と思ったが、まだこの先90㎞もある・・・
遠野に抜ける峠道はタイト+シカ。
そして、遠野の街にでて、漆黒のイーハトーブを住田に向かう。

岩手の沿岸北部と南部の違いを考えた。同じように津波被害を受けているが、決定的に違うのは地盤沈下の有無。
あとで国土地理院のホームページに掲載されている地殻変動量(暫定)を見ると、北部ではほとんど変動がないものの、南部、大船渡では80cm近く沈降している。実際、沈降が原因で岸壁や街の低いところでは、すぐ水浸しになってしまうし、がれき撤去や今後の復興に大きな支障となる。

国土交通省の試算では、1.2mと一番沈降した牡鹿半島では、元の高さにもどるまで9900億年かかるらしい。地球ができてからよりも長い時間が・・・